先日一人旅で福井へ行きまして、「福井県年稿(ねんこう)博物館」を見てきました。
2018年にオープンした比較的新しい博物館で、数年前にその存在を知ってからずっと気になっていたんですよね。
今年に入ってたまたま年稿博物館のパンフレットを手に取る機会があったのですが、そのデザインとキャッチコピーがとても魅力的で、ますます興味が高まってこの度足を運んだ次第です。
いやあ、もともと良い博物館だというウワサは耳にしていたんですけどね。
実際に訪れてみると、これが期待していた以上に素晴らしい内容でした。ほんとに良かった。
ということで今回は、年稿博物館の個人的お気に入りポイントなど残してみようと思います。
年稿博物館とは
まずは博物館の概要から。
年稿博物館は、福井県の若狭町にある「縄文ロマンパーク」という大きな公園の中に位置しています。
この辺りは縄文時代の遺跡がそのまま開放されたような場所で、あちこちに建っている竪穴式住居にも自由に入れます。
散歩するだけでも結構楽しいですよ。
(「若狭三方縄文博物館」も公園内に併設されています。)
またすぐ近くには「道の駅三方五湖」があって、こちらも休憩に便利。
特産品コーナーのほか、観光案内所やキャンプ場まで揃っている大きめの道の駅です。
このエリア一帯は舞鶴若狭自動車道「三方五湖スマートIC」から5分の近さ、また駐車場も広いので、車でのアクセスには困りません。
ただ鉄道の最寄り駅は結構離れているので、電車で行く場合は「JR三方駅」からレンタカーかタクシーが必要になりそうです。
あるいは期間限定・土日祝限定になりますが、周遊バス「ゴコイチバス」が敦賀駅から出発して年稿博物館も含めた主要な拠点を巡ってくれるようなので、条件が合えばこちらを利用したほうが楽そうですね。
ちなみにぼくが訪れた際は、
「前日に富山県から車で下道7時間かけて若狭入り→車中泊して翌日に年稿博物館へ」
という意味不明なスケジュールだったので、アクセスには何の問題もありませんでした。
なお年稿博物館の観覧料は、記事作成時点でこんな感じです。
(詳しくはリンクから公式HPをご覧ください。)
年稿博物館 観覧料(個人)
一般(年稿博物館のみ) | 500円 |
一般(縄文博物館とセット) | 700円 |
小中高生(年稿博物館のみ) | 200円 |
小中高生(縄文博物館とセット) | 280円 |
年稿ってなに?
さて本題ですが、年稿博物館とはその名のとおり年稿(ねんこう)を展示している博物館です。
「いや、だから年稿ってなんやねん」という話ですが、簡単に言うと湖の底にできたシマシマ模様の地層のこと。
穏やかな湖や沼では、水中の砂や枯葉や微生物なんかがゆっくりと沈んで、湖底に堆積してきます。
その堆積物の中身は春・夏・秋・冬のサイクルで微妙に変化するので、断面を見ると1年周期で色の違う層がきれいに浮き出てくるんですね。
年ごとの縞(しま)が見られる地層なので「年稿」。
そこに含まれる花粉からは昔の植物の種類がわかったり、火山灰からは活火山の噴火の歴史がわかったり、これまでの自然環境の変遷が年稿にギュッと凝縮されているというわけです。
そして年稿博物館の何がすごいかというと、なんと7万年分の年稿の標本を丸ごとそのまま展示しているのです。
年稿は1年あたり約0.7mmという薄さでありながら、7万年分ともなれば距離にして45メートル。
これは世界一の年稿の長さを誇っているそう。
すごい!もう実物を見に行くしかない!
…という、特に科学好き・考古学好きにはたまらない博物館となっています。
良かったポイント
ここからは実際に訪れてみての個人的な感想です。
ひとまず率直に言って最高でした。
デザイン・展示内容、どれも美しく心地よくて、思わず感嘆のため息が出てしまいます。
ぜひともまた再訪したいお気に入りの博物館になりました。
立地環境がいい
まず、博物館の立地からしてすでにいいのです。
福井県の美浜町~若狭町のあたりに広がる若狭湾は複雑に入り組んだリアス式海岸になっていて、超自然が豊かで面白い地形になっています。
そしてその地形の複雑さを際立たせるのが「三方五湖(みかたごこ)」という5つの湖。
年稿博物館は、そんな三方五湖のほとりの、いわば玄関口のような場所に位置しています。
メインテーマである年稿も、三方五湖のうちのひとつ「水月湖(すいげつこ)」からボーリングで採取されたもの。
年稿を見終わったら、その足ですぐに三方五湖の周りを周遊して、なんならケーブルカーで山頂の一番高い展望台まで登っちゃって、四季折々の自然風景を堪能しながら、「ああ、あの湖の底で7万年も年稿が形成されてきたんだね」なんて言いつつしみじみと悠久の時に思いはせることができるわけです。
建築とデザインがいい
また博物館自体も、建築が美しくて非常に魅力的です。
高低差のある土地を利用して建てられていて、1階はピロティ+エントランスと最小限の造り。
メインの展示室は、2階の大きなワンフロアにまとめられています。
木材とコンクリートが融合していて、モダンでありながら日本っぽいテイストも強く感じられますね。
長屋のような細長い造形も、45メートルの年稿がちょうどすっぽり収まるサイズで、
「年稿をベストな展示で見せるためにデザインしました!」
みたいな特別感というか、最適化された感じがたまりません。
内装も外装も全体的に縦格子っぽい外観に仕上げているところが多く、これも和風&スタイリッシュな印象でとても好みでした。
格子模様が年稿のシマシマを連想させるのもあって、とても空間になじんでいます。
年稿が面白い
あとはやっぱり、メインテーマである「年稿」自体が非常に面白いです。
年稿に含まれる成分を分析することで当時の自然環境・生態系・気候の変動を推定し、その景色を復元できるというのはもちろんワクワクすることですが、年稿博物館の面白ポイントはそれだけではありません。
面白ポイント:水月湖の奇跡的な環境がすごい
年稿博物館では、「水月湖」が年稿を保存するうえでいかに理想的な環境だったかを知ることができます。
湖の底に7万年もの年稿が形成されるというのは、そのへんの一般的な湖ではまずありえないことなんですね。
地震で土砂が流れ込んだり、強い風が吹いたり、魚が底の方を泳ぐだけでも年稿は壊れてしまいます。
それに層が積み重なったぶん湖の底が浅くなっていくわけですから、普通ならいつかは限界が来ちゃいそうなものじゃないですか。
水月湖は普通じゃなかったのです。
詳細は省きますが、偶然いくつもの好条件が重なることで、様々なハードルを奇跡的にクリアし続けてきた。
その過程を知れるのがとても面白いです。
面白ポイント:世界標準のものさしになる
水月湖の年縞は、考古学・地質学における世界標準の「ものさし」として活躍しています。
どういうことかというと、世界中で出土した化石などを「これは〇〇年前のものだ」と測定するときに、水月湖の年稿のデータを参照して測るのが国際標準になっているのです。
考古学・地質学ファンの間ではおなじみの「放射性炭素同位体年代測定法」というのがありますが、実はこれ単体だと誤差が結構あって信頼しきれないよね、みたいな問題点が指摘されていました。
そこへ近年、きれいな1年ごとの試料が正確に並んでいる「水月湖の年稿」という基準が出てきたおかげで、
「Oh! Lake Suigetsuのデータと見比べれば測定結果をいい感じに補正できるじゃん!」
と世界中が盛り上がったわけなんですね。
年代測定の歴史を塗り替えるほど学術的価値の高いアイテムが、まさか極東の島国の、田舎の湖の底に眠っていたなんて…。
非常に胸が熱くなる展開です。
展示設計が最高
そして年稿博物館の素晴らしいところは、こういう年稿の面白ポイントや胸熱ポイントを魅力的に伝えるための展示と演出をしていることです。
まず主役となる年稿の並べ方からして、めちゃくちゃかっこいいですよね。
7万年分・45メートルにおよぶ年稿のスライスの実物が、実寸で一直線に配置されています。
建物内部の配置はこんな感じ。
メインの年縞ギャラリーは2階にあがってすぐのエリアになっています。
- 0:年稿シアター
- 1:水月湖年縞7万年ギャラリー
- 2:水月湖年縞でたどる人類と環境
- 3~8:水月湖の歴史・測定の歴史・世界の年稿など
- (9:研究所)
- (10:カフェ)
最高ポイント:歩いて1秒の豊臣秀吉
年稿7万年ギャラリーでは、現在から過去へと遡っていく方向に年稿を見ていきます。
ぼくがいきなり感動してしまったのは、ギャラリーを見始めて2~3歩進んだ地点の注釈を読んだときでした。
「1586年 豊臣秀吉が直面した大地震」
え!もう戦国時代?
まだ向こうに43メートル残ってるけど…⁉
7万年を45メートルに凝縮した年稿の世界では、500年やそこらの歴史など1秒で行き来できるレベルなのです。
「地球の寿命から見れば人類の歴史なんて~」 といったフレーズはよく耳にしますが、それを理屈抜きで身をもって体感することができました。
年稿7万年ギャラリーはそんなことをわざわざ野暮に説明することはしません。
「豊臣秀吉が直面した大地震」と一言書くだけで、その年稿の位置だけで、目の前に整然と並ぶ年稿の圧倒的なスケールの大きさを、私たちは一瞬にして理解できるのです。
(ちなみにこの地震は「天正地震」と呼ばれるもので、若狭湾でとんでもない津波が起きた地震として知られています。)
1発目の注釈として豊臣秀吉をもってくるのが、本当に絶妙ですよね。
ぼくたちが「歴史上の人物」と言われてパッと思い浮かべそうなちょうど真ん中あたりの、ちょうどいい非現実感の昔の時代、みたいなところ。
もっと現代側の位置に注釈を足そうと思えば足せるんだけど、それをすると数歩後のインパクトが台無しです。
このあたりは展示にあたってよく練られた部分なんだろうなぁ…と想像してしまいます。
最高ポイント:年稿と年表のシンクロ
そして年稿を7万年前まで見終わると、そのままパネルの逆サイドへ回ってUターンするわけですが、先ほどまで見ていたパネルの裏はなんと巨大な人類史年表になっているんですね。
つまり、現代~7万年前を過去へ見てきた年稿ギャラリーと、7万年前~現在までつづく年表の時間軸がパネルの表裏でシンクロしている構成なのです。
年稿を見ながら太古まで旅をしてきた観覧者は、今度は人類と環境の発展を見ながらまた現在にまで戻っていきます。
しかも7万年前といえば、ちょうどホモサピエンスがアフリカから地球全域へと広がって文明を築き始めた時期じゃないですか。
人類の歴史が始まったタイミングとも言えそうです。
45メートル分の年稿を実寸でそのまま展示している年稿博物館の内部は、もはや水月湖の底に沈む地層そのものであり、7万年分の自然環境の変遷そのものであり、7万年にわたる人類の歴史そのものでもあったのです。
年稿博物館とは、いわば現代建築の姿をした「歴史」という概念なのです。
この部屋の入口が現代、ここは太古。
私は今、凝縮された歴史の中を歩いているのか ——。
この展示構成を目の当たりにしたぼくは、すっかり年稿博物館にやられてしまいました。
ちなみに逆サイドの展示も全部めちゃくちゃ面白くて、デザインも素晴らしかったです。
結論:最高でした
というわけで今回はつらつらと、年稿博物館への愛を書き散らしてみました。
直接誰かに話すにはちょっとコアな内容に思えて、あふれんばかりの興奮をこれまで自分の中だけにとどめてきましたが、ようやくこの記事で少し吐き出せた感じがします。
ほかにも書き出すとキリがないほど、魅力的なポイントがたくさん詰まった博物館です。
セット価格のチケットがあるお隣の「縄文博物館」も面白いですしね。
「福井の博物館といえば恐竜」 みたいなイメージでしたが、これからの時代は年稿も放ってはおけません。
ぼくと似たような考古学・地質学ファン、歴史好き、リアス式海岸フェチの方は、忘れないうちに来月あたり休みを取って行っちゃいましょう。
きっと満足した旅になると思います。
そうでなくても、今回ご紹介したトピックに少しでも興味のある方にはオススメしたいスポットです。
ぜひ一度訪れてみてください。