先日自宅でカード類の整理をしていたところ、ケースの奥から骨髄バンクのドナーカードが出てきました。
骨髄バンクとは、骨髄移植が必要な人(白血病の患者など)のために、骨髄を提供できるドナーとのマッチングをしている事業のこと。
移植手術を行うためには患者とドナーとの白血球の型が適合していなければならないわけですが、その確率が非常に低いということで、全国規模でデータベースを作って適合者を検索できるようにしているんですね。
この度ドナーカードを発掘するまではすっかり忘れていたのですが、ぼくは6年ほど前に献血か何かのついでで骨髄バンクへのドナー登録をしており、そしてその後実際にドナーの候補者に選ばれたことがあるのです。
結局はその時は条件が合わず移植手術にまでは至らなかったのですが、候補者になること自体もあまり何度も経験できることではないと思うので、当時の体験談や現時点で思うことなど、いろいろとまとめてみたいと思います。
骨髄移植までの流れ
適合の通知がくる
ぼくがドナー候補者となったのは、今から3年ほど前のことです。
最初の連絡はSMSでさらっと送られてきました。
「あなたのHLA型がある患者さんと一致したので、ドナー候補者のひとりに選ばれました。」
とのことで、このメールから2~3日後には骨髄バンクから自宅宛てに封筒が届きます。
封筒には、骨髄提供を希望するかどうかの回答用紙と問診票、そして「ドナーのためのハンドブック」というしっかりめの冊子が同封されていました。
回答用紙・問診表の返送
適合の通知が来たら、提供を希望するor希望しないを選べるのですが、これは封筒が届いてから7日以内に回答用紙を返送する必要があります。
「結構急だな」とも思っちゃいますが、やはり患者の病態を考えると一刻を争う状況でしょうから、そう考えるとこちらもあまりもたもた悩んでいるわけにもいきません。
ちなみにこのあと最終的なドナーとなることが確定すると、移植手術にあたって家族の同意のサインが求められることとなります。
いざ提供が決まってから直前で「やっぱり家族が反対するからNG」というわけにはいきませんので、提供を希望する場合は回答を送る前にしっかり家族と話し合って、意見を共有しておくべきですね。
骨髄提供のスケジュール
提供を希望する場合は、移植までの全体の流れとしては次のような感じです。
適合の通知があってからすべてが終わるまで、大体4か月くらいのスパンになります。
提供を希望する場合でも、必ずしも最終的なドナーになるとは限りません。
ドナー候補者は自分のほかにも複数いて、健康状態などの事情も勘案して希望者の中から一人が選出されるようです。
もしドナーに選ばれた場合は、このあとコーディネーターさんとの連絡調整を受けながら、自分の生活圏にある病院で採血などの詳細な検査を実施することになってきます。
リスクと費用について
ドナーの健康リスク
提供を希望するかどうかを考えるうえでは、そのリスクをしっかり認識しておかなければなりません。
実際に骨髄提供を行うとなれば、ドナーの体にもめちゃくちゃ大きな負担がかかるのです。
提供の方法には「骨髄採取」、「抹消血幹細胞採取」の2通りがありますが、どちらの場合でも事故の可能性はゼロではなく、手術の際にドナーが死亡してしまったり、深刻な後遺症が残ったりといった事例もわずかながら起きています。
特に自分に何らかの持病がある場合は、そのことを必ず事前に申告しておく必要があります。
たとえば意識を失うような発作をもつ人は、全身麻酔をつかう骨髄採取において命に関わる事故のリスクが格段に高くなりますからね。
不安要素は前もってすべて相談しておくことが大切です。
提供のための費用負担
現実的な関心事として、「お金の問題はどうなるの?」というのも気になるところです。
骨髄提供のために実施する医療であれば、費用は相手方の患者の健康保険から支払われるので、次のような基本的な費用についてはドナー自身が負担する必要はありません。
- 確認検査にかかる費用
- 骨髄提供のための手術費
- 術前術後の入院費
そのほか、病院に通った際の交通費相当の実費支給があるのに加え、入院のための支度金として5,000円の支給を受けられます。
骨髄提供にともなう入院期間はだいたい3~4日程度。
病衣を借りたりテレビカードを買ったり、快適な入院生活に最低限必要な準備は支度金の中から捻出してください、ということですね。
支給してもらえる費用としては概ね以上のとおりで、たとえば骨髄バンクの指定した以外に自己判断で健康診断を受けた場合の費用や、職場の手続きで必要な診断書の発行費用などは自己負担となってしまいます。
また、いわゆる「謝礼金」にあたるようなものはありません。
骨髄提供は完全にボランティアということになります。
ドナー候補となってみて感じたこと
「割に合わない」が正直な印象
ここからは自分がドナー候補に選ばれたときに抱いた個人的な感想です。
適合通知やハンドブックに目を通してまず感じたのは、
ドナーになるのって結構大変だけど、メリットはほんとに何もないんだなぁ…。
と、これが率直な印象でした。
たとえば似たように健康リスクがある治験ボランティアなんかでは、実費以外にも協力金がもらえたりしますが、骨髄提供の場合はそれもありません。
また、プライバシー保護のために相手方の情報はとことん伏せられているので、患者さんが何歳くらいなのかもわからないし、移植手術の結果その人の病状が好転したのかどうかもわかりません。
ましてや患者さんや関係者の方から直接感謝されるような機会なども当然ないわけです。
別に見返りが欲しいわけじゃないけれど、命の危険を負ってドナーとなり身を差し出すことを考えると、あまりにも割に合わないなぁ…なんて思ってしまったり。
ちなみにこのあたり、骨髄バンク側としても非常にドライに、候補者自身の意思を尊重してくれています。
回答用紙では、あくまで「提供を希望しますか?希望しませんか?」とフラットな問いを投げかけられています。
「困っている患者のためにあなたの善意が必要です」とか「同意いただけない場合は辞退することも可能です」とか、そういう偏った意図のあるような文言は一切出ていません。
やりたければ希望する、やりたくなければ希望しないでOKなのです。
提供を希望したものの選ばれず
割に合わないと頭では考えつつも、ぼくは結局ほとんど迷うことなく「提供を希望する」を選択し、回答を返送しました。
その理由についてはうまく説明できないのですが、漠然と使命感のようなものを感じていたのだと思います。
「適合しちゃった以上は、提供するのが自分の役割かな…。」というような。
もう少し正直に言うと、あわよくば「自分は誰かの役に立てたんだ!」という満足感を得たい、などといったケチ臭いことも心のどこかで考えていたような気もします。
そんなこんなで移植手術を覚悟していたぼくでしたが、2週間ほどすると骨髄バンクより「コーディネート終了」の通知が届き、結局ドナーの件は立ち消えとなったのでした。
ぼくは過去に「てんかん」という意識を失う系の病気をしたことがあり、全身麻酔での手術との相性がイマイチ良くないので、おそらくそのあたりの事情が落選の理由のひとつになったと思われます。
大変カッコ悪い話ではありますが、最終的にドナーに選ばれなかったことがわかった瞬間は、正直ホッとして胸を撫でおろしたのを覚えています。
自分で提供を希望しておきながら、やっぱり手術への不安は大きかったんですね。
一方で、提供を希望したという事実をもって「自分の使命は確かに果たしたぞ!」という誇らしさだけはちゃっかり感じていたりもして、なんだかこういう自分の内面の小物っぷりを思い知らされるような経験にもなりました。
もう一度ドナー候補になったらどうする?
聞くところによると、同じ人が複数回にわたってドナー候補に選ばれるようなケースもあるようです。
もしかするとぼくも忘れた頃に、再び適合通知を受け取る日が来るかもしれません。
その時はどうするか。
少し前までのぼくであれば、ほぼ間違いなく「提供を希望する」を選ぶ意向でいたように思うのですが、今改めて考えてみると、提供すること対して正直かなり迷いが生じてきています。
この気持ちの変化の背景には、公務員からフリーランスへという立場の変化が大きく影響しています。
3年前にドナー候補となった当時は安定した公務員の身分でしたので、有給休暇を使うだけで、生活に何のダメージもなく骨髄移植のための入院期間を確保することができました。
しかし個人事業主という不安定な立場となった今は、ドナーになることはその期間の仕事・収入をごっそり犠牲にすることに等しいわけです。
もし手術が原因でその後の体調に影響が出ようものなら、いよいよ自分の生活を維持することが危うくなってきます。
骨髄バンクから休業補償があるわけではないので、ドナー側がどのくらい安定した生活をしているかという点は、提供の意向を決めるうえでものすごく大事な要素です。
ぼくの今の生活では、二つ返事でドナーを希望するのは難しい。
とはいっても目の前に適合通知が届いたら、なんやかんや言って前回同様、結局提供を希望しちゃうかもしれません。
正直このあたりの意向の整理が、自分の中でまったく定まっていない状況です。
まあとりあえず、通知も来ていないのに今あれこれ考えていても仕方がないですよね。
実際にドナー候補になったら、その時にその時の頭で考えることにしたいと思っています。
原則はあくまでシンプルに、やりたければ希望する、やりたくなければ希望しないでOKですからね。